ブロックチェーン教育分野の応用研究 | 堀真寿美さんインタビュー

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今回は、新しい学びの形を創り出す研究コンソーシアム、特定非営利活動法人サイバー・キャンパス・コンソーシアムTIES(略:タイズ) 附置研究所の主任研究員 堀真寿美さんを紹介します。

TIESはオンライン教育、オープンエデュケーションの推進を主な活動内容とし、現在ブロックチェーン技術が教育分野に応用する仕組みを研究・開発しています。 ブロックチェーンは、ビットコインなどファイナンシャルな領域に注目が集まりがちですが、教育分野にどのように応用されていくのか、ブロックチェーンによって学び方はどう進化していくのか、主任研究員を務められる堀真寿美さんに、お話しを伺いたいと思います。

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真寿美さん。CCC-TIES 研究所にて。

–  簡単に、堀さんがCCC-TIES (タイズ) を立ち上げることとなった経緯を教えていただいてもよろしいですか?また、以前はどんなキャリアの経歴だったのでしょうか?

大学では物理学を専攻し、卒業後はソニーに入社いたしました。ソニーではWalkmanの生産管理の部署に在籍しておりました。 その後、帝塚山大学に転職し、その傍ら奈良女子大学の大学院で情報学を専攻することにしました。

当時、帝塚山大学情報教育研究センターで大学のホームページ制作を担当しホームページでワードやエクセルなど講義で配布される資料を公開するというプロジェクトに参加することになったのです。インターネットを利用して大学の講義公開を行うことは、今でこそ普通のことになっていますが、1996年当時は、欧米でさえ見ることの出来なかった新しい試みでした。 このプロジェクトは、やがてTIES(タイズ)というシステムに発展し、国内外の81大学に、TIESを無償で提供することになりました。

余談ながら、ほぼ同じ時期に慶応大学とワイドプロジェクトによるSchool of Internetというオンライン講義の取り組みも始まっていました。e-ラーニングという言葉は、1999年頃にアメリカで生まれ、その後、2000年代にはオープンエデュケーションの運動が起こるのですが、日本では、そのずっと以前から、e-ラーニングによるオープンエデュケーションの活動が行われていたのです。残念なことに、世界にほとんど知られることはありませんでしたが。 そして、2006年にTIESを利用する大学を中心にNPO法人としてCCC-TIESを設立し今に至ります。

 

–  当時としては最先端のオープンエデュケーション(大学講義で使われる資料を一般公開)の先駆者だったんですね!TIESがこれまで、今後、また将来も視野にいれたミッションを教えていただいてもよろしいですか?

私たちのミッションは、 ラテン語の”NON SCHOLAE SED VITAE DISCIMUS.(学校のためではなく人生のために学ぶ)”に尽きます。このラテン語は、ヨーロッパの学校の記念碑などに刻まれているのを時々見かけますが、「人生のために学ぶ」ことが本当にできるのは、従来の学校ではなく、これからのオンライン教育でと思っています。

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“NON SCHOLAE SED VITAE DISCIMUS” 「人生のために学ぶ」 記念碑

なぜなら、従来の学校は、質が保証された安定的な知識を効率的に提供することを得意としている反面、急速な社会の変化に即応する知識、社会ニーズに対応する多様な知識を提供することを不得手にしています。学生にとって、聴きたくもない授業があれば、それはやはり「学校のために」学ぶでしょうし、欲しいと思う情報が学校では手に入らないということであれば、「人生のために」学びたいものがないということが起こりえるのです。

人生のために学び、しっかりとした学問に基づく知識と教養を与え、様々な機会と可能性を生み出し、人生を豊かに、そして自由にするという「学び」の本来の意味を実現したいというのが、私たちのミッションです。 私たちは、このミッションを実現するため、様々な課題を今日のテクノロジーで解決し、質の高い知識と教養を望めば、誰でも手に入れる社会を目指しています。

 

–  現在、堀さんのチームは、そのミッションを元にブロックチェーンのテクノロジーで教育の課題解決をしようとしていらっしゃいますね。

ブロックチェーン技術は、“情報のインターネット” を“価値のインターネット” に変えるといわれています。つまり、今までは、インターネット上で情報が発信され共有され交換されてきたものが、ブロックチェーンの登場により、価値が共有され交換されるインターネットになるのです。

我々は、教育の分野においては、ブロックチェーンにより学習成果の「価値」を交換する仕組みに適用することができると考えています。 具体的には、学習者同士が自らの「学び」を取引することによって報酬を得る仕組みを考えています。この仕組みを、我々は「学習経済」と呼んでいます。

従来の教育では、学校や教師が「教える」ことに対して学習者がお金を支払ってきました。これは価値を生む主体が学校や教師であるということを意味します。 一方、ブロックチェーン時代の学習経済では、学習者自身が価値を生む主体となり、その価値を学習者同士が交換し報酬を受け取る仕組みになります。つまり、教師は存在せず、学習者だけで学ぶことができる時代がくると考えています。

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–   価値を生む主体、そして報酬を受け取る主体が学校/教師から、学習者へ。そして学校/教師がいなくても「学び」が成り立つということになるのでしょうか。なぜブロックチェーンはそれを可能にするのですか?

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価値を生む主体は学習者側へ。エンパワーされる学習者たち(イメージ)

まず、教育の中では、成績証明書や卒業証明書などが「価値」とされますよね。だから,ブロックチェーンの教育分野への応用の中では成績証明書の交換が最初の試みとなっています。 成績証明書の管理と発行には、高い信頼性が求められます。

ここで簡単な例をご説明するために、ボブとアリスそしてキャロルというという三人の学生がいるとしましょう。

アリスの成績はAでした。ボブの成績はCでした。このデータは、間違いなく記録され、第三者に示すことができることが学校には求められています。しかし、ここで、アリスのライバルのキャロルが、学校を欺いてアリスの成績はCだと記録したり、ボブが何らかの手段で自らの成績をAに書き換えたり、あるいは、学習記録が途中でなくなってしまうようなことが起こったら、成績証明書の信頼性は落ちてしまいますよね。

このため、従来は学校が、人的、組織的、技術的に厳格な仕組みをつくって、このような間違いが起きないよう保管する努力をしてきました。ところが、ブロックチェーンの登場により、今後は、学校がこういった厳格な仕組みを作らなくても、 データを”間違いなく保管” していくことが可能となると言われています。

この秘密は、ブロックチェーンの「非集中型アーキテクチャ」という不特定多数のコンピュータでデータを共有できるという仕組みにあります。 非集中型アーキテクチャの下では、悪意のある誰かが、一つのコンピュータのデータを書き換えようとしても、その他の大多数のコンピュータにあるデータとの整合性がとれなくなり、たちまち間違ったデータだと発覚してしまいます。同じように一台のコンピュータからデータが失われても、その他の大多数のコンピュータにあるデータにより、正しく復元することができます。このため、ブロックチェーンに記録された成績証明書は、改ざんされることも失われることもありません。

 

–  なるほど。このブロックチェーンの”間違いなくデータを保管できる” 仕組みを利用して、成績証明書の保管、取引以外に教育分野での応用にどのような発展の可能性がありますか?

成績証明書だけではなく、レポートや研究ノートなどの学習成果も記録し、学習者の人材評価につなげようという動きも見られます。主に今後次の三つの段階を経て発展していくと考えています。

  • 第一段階は、複数の教育機関が学習の学習成果をブロックチェーンに記録し共有する段階です。いままで、特定の組織が単独で行ってきた学習成果の保管業務を効率化するとともに、学習成果を共有することで、組織や国境を越えた包括的な人材評価につながるとされています。この試みは、組織を超えた学習成果の共有にまでは、まだ至っていませんが、既に、海外の複数の教育機関が実証実験を始めています。
  • 第二段階は、国や政府のお墨付きをもらった特定の教育機関だけではなく、誰でも成績証明書を発行し、それを学習成果として記録し、その価値を評価する段階です。
  • そして、第三段階が、日常の生活で発生した全ての学びをブロックチェーンに記録し、学習者同士が互いに取引する段階です。この最後の段階が、我々が考える学習経済です。学習経済では、学習者が生んだ学習成果が価値を持ち、学習者同士が交換し、仮想通貨で報酬をうけ取るのです。

欧米では既に、第二段階から第三段階の中間に位置するサービスが登場しています。たとえば、スペインのスタートアップ企業TutellusやリトアニアのBitDegree,アメリカのNTOKなどは、学習者はオンラインコースのテストやピアレビューの成績によって仮想通貨を獲得することができます。つまり、学習成果がここで一旦、仮想通貨で価値化されます。そして、最終的には学習者が貯めた仮想通貨の保有量が人材評価の指標となり企業と就職のマッチングに利用され、賃金として報酬が得られる仕組みになっています。

(BitDegreeホームページより/プラットフォームの説明)

 

–  なるほど。自分の目的に合った学びを可能とし 雇用と学びを結びつける欧米勢のトレンドの中で、TIESのブロックチェーンの教育システムはどのような報酬を想定し研究開発していますか?

まず私たちの学習経済では欧米の企業が既に導入しているような「雇用をゴールの前提とする」仕組みは採用しません。 なぜなら、ゴールを雇用にだけ結びつけると、我々がミッションとしている”学校のためにではなく、人生のために学ぶ” を実現することができないからです。

人生のための学びは、生涯学習、純粋な知恵の追求、研究、そして今はまだ役には立っていないけれども、いつか役に立つかもしれない新しい学び、といった多様な学びが含まれます。このような多様な学びこそが、学習者の本質的な学びへの好奇心やモチベーションにつながり、結果的にこれからの社会の発展そしてイノベーションのシーズになると私たちは考えています。

そこで、現在、開発しているのが、市場原理に基づき、学習者同士が学習成果そのものを「商品」としてブロックチェーンを介して取引する学習経済の仕組みです。学習経済では,ブログやホームページの記事を集めて体系化し電子書籍に変換する特許取得済みの技術と,それらをブロックチェーンに記録して仮想通貨による取引を実現する特許申請中の技術を組み合わせた”CHiLO(Creative Higher Education Learning with Objects)”という仕組みを利用します

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CCC-TIES Homepageより (https://www.cccties.org/)

–  この仕組みづくりにTIESのミッションからくる想いが感じられます。「CHiLO」のシステムについてもう少し詳しく教えていただけますか?

ここで、またアリスとボブという学生を登場させて、私たちの提案する学習経済の仕組みを説明してみましょう。

アリスは新人のSE (システムエンジニア)で、職場での体験や気づきをブログ (Mediumなど) で発信しているとします。一方、ボブはセキュリティの専門化です。ボブは、最新のセキュリティの動向を把握するため、ネット上のニュース記事やブログを集め研究ノートにまとめるのを日課としており、あるとき、アリスのブログを発見し、なかなか興味深い内容であったため、早速、自分の研究ノートに付け加えたとします。

アリスのブログはアリスが日常の経験から学んだ成果だと言えます。また、ボブの研究ノートはボブの既知の知識に新しい情報を追加し、整理し、体系化する、ボブの学びの成果だと言えます。

CHiLOの学習経済の仕組みは、こういったアリスとボブの学びの成果を仮想通貨で取引する仕組みです。 ブロックチェーンのデータを間違いなく記録できる特性を利用すると、アリスのブログを間違いなくアリスのものとして、利用料を請求することできます。つまり、ボブが研究ノートにアリスのブログを追加した時、アリスはボブに使用料を請求することができます。また、同じくブロックチェーンのデータを間違いなく記録できる特性を利用するとボブの研究ノートもボブのものとして、利用料を請求することができます。つまり、ボブの研究ノートの閲覧料を請求することができます。

全体を通しアリスはボブの研究ノートを閲覧することで、自分の経験が情報セキュリティに関係することだったのだと、気づき、情報セキュリティを体系的に学ぶことができます。

学習経済では、このようなアリスのブログ、ボブの研究ノートといった個人の学びの成果を「生産要素市場」と「財・サービス市場」の二つの市場で、商品として売買し、雇用などが関係していなくても、学びの循環により学習経済を成立させます。

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生産要素市場とは、アリスのような素材を売る人たちの市場です。 オンライン上の様々な教材(例えば、オンライン教育のページや、Youtubeのビデオなど)を素材として販売することができます。

そして、財サービス市場とは、ボブのように、ネット上の情報を集め体系化して学習コンテンツを売る人達の市場です。CHiLOを通して電子書籍として販売していきます。

このとき、市場の原理が働くことで、悪いクオリティの素材や電子書籍は市場原理に基づいて淘汰されていき、良いクオリティの素材や電子書籍は多くの学習者によって利用されると考えられるので、より多くの報酬が「良い」素材や電子書籍を提供する人々に入り、さらに良いものが作り出される、というポジティブな循環が出来上がります。 学習経済を目指すCHiLOの仕組みはまだ初期ステージですが、これを土台として、より多くの学習者を取り込み,エコシステムをつくっていけるよう今後も改良を重ね研究開発していきます。

 

–  学習者の内的動機づけを引き出す「CHiLO」が作り出す学習経済システムにイノベーションの可能性を感じます。今後どのように進化していく構想ですか?

CHiLOによる学習経済を実現することで、教育コンテンツ作成者と受講生の強い動機付けにより、従来は実現することのできなかったスピードで、知識の獲得と更新が可能になるのではと考えています。

また、労働に代わり知識が価値を持つとされる「知識社会」を目指して、「学び」が「労働」とおなじように価値を生むという仕組みをCHiLOにより提案していきたいのです。

そうすれば、高齢者から研究者に至るまでの多様な人々が、労働者が労働をして報酬を得るように、報酬を得ながら継続的に知識を生み出すことが可能となります。これは、日本の国全体の競争力の強化につながるのではと考えています。 CHiLOを日本発、「日本ならでは」の教育手法として世界に発信していくことも長期的に視野に入れています。

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CCC-TIES 研究所メンバーと

–  最後に、最先端情報テクノロジー分野で女性の研究リーダーとして活躍される堀さんに伺います。Edtechや次世代教育の中で、女性はどのようにリーダーシップが発揮できるとお考えですか?

私がいる情報工学の研究者の世界では、女性はマイノリティです。研究者コミュニティの中では、残念ながら女性に会う機会は少ないです。 でも実際、情報工学の研究者の世界は完全に能力主義です。 他の研究者を巻き込み、研究プロジェクトを推進して、学会で発表し、研究費用を獲得したか、といった成果で評価されます。私はこの世界に入ってから、男女差を意識したことはありません。成果が公正に評価される世界です。 だから研究者になるまでの過程で挫折してしまうのがもったいないと思います。女性が情報工学の能力が低いのではなく、社会のイメージで苦手意識ができてしまっているのかもしれません。若い女子学生に苦手意識を持たせずプログラミング教育の機会を創っていくことが重要なのかなと思います。

本日は、ありがとうございました。

 

<編集後記>

ブロックチェーンの教育分野への応用は、まだ始まったばかりです。 欧州の小国では生涯学習や個人の目的にあった学習を奨励したブロックチェーンの教育システムを国全体で試験的導入をしています。(マルタの事例) また、文中でも紹介した、 雇用を報酬の前提とした教育プラットフォームを欧米のスタートアップ企業が導入し始め、若者の失業や高騰する高等教育の問題解決に取り組んでいます。 学習経済の報酬の前提や方針はそれぞれのサービスによって異なっており、今の段階では、まだどれが次世代の学習者に最適なのかは見えてきていないようです。

そんな中、堀さん率いるCCC-TIESは学習者の内的動機づけを刺激し学習者同士の学び合いから新しい「知識社会」を創り出すことを目指している点に、ブロックチェーン本来のDecentralized (分散化)のコンセプトとの合致を強く感じます。プラットフォームの設計者側の利益ではなく、学習者同士が利益を交換し合うコンセプトが、教育システムを抜本的に変革していくことに繋がるのかもしれません。学びが労働と同じ意味を持つようになるのか、人類の学びはどのように進化していくのか、大きなチャレンジといえるでしょう。

CCC-TIES主催のブロックチェーンの教育分野への活用について、シンポジウムが開催される予定です。堀さんも登壇されますので、ご興味ある方はぜひご参加してみてはいかがでしょうか。

TIESシンポジウム 2018『ブロックチェーンが教育を変える』 https://www.cccties.org/event/e20181020/

 

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